阿井 達也

静岡県藤枝市出身。幼少より歌謡曲をたしなみ、音楽に強く興味を持つ。中学校で吹奏楽部に入部し打楽器の面白さに目覚める。県立小笠高校3年次在学中より、本格的にマリンバを習い始め洗足学園音楽大学へ進学。同大学卒業後、マリンバ奏者として活動をスタート。大学在学中に結成されたマリンバ・打楽器・スチールパン・タップダンスのユニット「パルフェ」でのパフォーマンスが特に様々な場所で好評を博している。

ソロ演奏では【歌って踊れるマリンビスト】をポリシーに、様々なコンサートやイベントに出演。

現在は音楽の楽しさとはなんぞや。という考えの元、マリンバ普及と自身のライフワークである【selfish-beat】ライブやソロコンサートにおける委嘱作品の演奏、ステージパフォーマンスなどに力を入れながら気ままに活動中。

マリンバの他にも、2004年から取り組んでいるインドネシアの竹楽器【アンクルン】の演奏やワークショップも展開。


演奏以外には中高生の吹奏楽やアンサンブルの指導が好評を博している他、ラジオパーソナリティーやら歌謡ショーやら、ダンスやら、ついにはオペラに出演。とにかくもう訳がわからない奴である。 


第14回「静岡の名手たち」オーディション合格。静岡音楽館AOIにて行われたコンサートに出演。

第47回 東京国際芸術協会新人オーディションにて審査員特別賞受賞。

 

これまでにマリンバ/打楽器を岡田知之、神谷百子、藤井むつ子、中村祐子、植松透の各師に師事。またパルフェとして石井喜久子に師事。

2014 2015にそれぞれマリンバのシングルをリリース。


【大体のあゆみ】

1984 生まれる

1986 中森明菜にハマる

1987 見よう見まねでピアノを弾きはじめ、幼稚園の先生がわざわざ親に言ってくれたのに「男らしくないからダメ」の理由で現在に至るまで習えず。もしかしたらピアニストになってたかも。

1988 ピンクレディーにハマる。舞台に立ちたいと散々言っても聞いてもらえず、仮面ライダー変身ベルトが届く。お遊戯会当日に高熱を出したが、どうしても舞台に出るとわめいたため、座薬を投与されて舞台へ。

1989 ノストラダムスの予言を本気にして悪夢を見まくる。ピアノを習いたいと言ったら器械体操をやらされる。泣く。

1992 気がついたら水泳やらされてる。泣く。

1993 気がついたらソフトボール少年団に入隊している。

1994 初めて打楽器の演奏で舞台に立つ。サッカーが流行り、毎日昼休みがサッカーにされる。泣く。

1995 昼休みのサッカーから逃げるため生徒会に入り、政治力を使ってサッカーをサボる。

1997 吹奏楽部にて打楽器をはじめる。

2000 高校も吹奏楽部へ。

2001 自由が欲しくなり、素行不良気味に。

2002 マリンバスピリチュアル事件がおこり、ソロマリンバを習いはじめる。素行不良がたたり体育の単位を落とす。

2003 洗足学園音楽大学入学。現実の厳しさを知る。

2004 アンクルンの演奏を開始。

2005 吹奏楽の打楽器レッスンを依頼されはじめる。


槇原敬之さんのコンサートツアーに出演。全国13公演でコーラス隊の一員として参加し、サブステージのパーカッション隊の演奏も行う。


クロアチアの国際打楽器フェスティバルに日本代表として洗足学園音楽大学打楽器アンサンブルとして出演。しばらくの間、女の子と間違われたあげく、パンを買いにいったまま迷子になったりする。


2006 パルフェ結成。以降活動中。


2007 洗足学園音楽大学卒業。フリーランスにて活動。パルフェの演奏、ソロ演奏、吹奏楽レッスンを中心とした現在に至るまでの基礎的な活動がスタート。


2008 初の単独コンサートを開催。ターニングポイントとなった【マリンバ・スピリチュアル】【プリズムラプソディー】他、委嘱作品披露。


パルフェの活動がテレビの取材を受け放映される。


2009 静岡の名手オーディションに管打楽器から唯一選出され、静岡音楽館AOIにて披露演奏会に出演。


2010 友人のバースデーライブに出演したのをきっかけにバンドマンたちのネットワークに入れてもらい、アコースティックパーカッションを中心としたライブサポート活動が増える。


東京芸術協会新人オーディションにて審査員特別賞受賞。


第2回 マリンバコンサート【Wonderland】開催。パルフェをゲストに様々な楽曲を披露。


2011 東日本大震災発生。ライブやコンサートは軒並みキャンセルとなり、フリーターみたいな生活をして過ごす。


2012 第3回のマリンバコンサートを浜岡吹奏楽団の協力のもと開催。マリンバ協奏曲を委嘱初演。


某Jニーズのコンサートにオーケストラの一員(Timpani)で参加。 


2013 大塚Welcomebackにてマリンバとバンドマンたちの融合【selfish-beat】ライブが開催。現在まで不定期に開催中。


2014 ラジオパーソナリティーとしてFMラジオにレギュラー出演。


1stシングル【曇り空のあなたへ】をリリース


クリスマスコンサートツアー実施。


2015 第4回のコンサート【ユグドラシル】を、かつて指導していた高校吹奏楽部OBによって結成された汐風ウィンドオーケストラと共に開催。MCは一切なく、曲間は全て演劇で進むという試みが好評を博す。プリズムラプソディーを吹奏楽版で披露した他、井瑞葵【3人の奏者のためのYuggdrasill】を委嘱初演。同日に2ndシングルとしてリリース。


2016 7月台湾にて演奏。好評を博し地元メディアの取材を受ける。ここでもしばらく女の子と間違われたまま過ごす。


2017 全てが嫌になり、9月より半年間ソロ演奏活動とライブサポートを休止。その間はパルフェメンバーである三寺郷美のタップダンス教室へ通いつめ、10月 銀座博品館にてタップダンスを披露。


2018 活動を再開。 次に1度はワンマン形式のライブまたはコンサートを開催する事を目標に多数のイベントを開催。


パルフェとは
観て聴いて楽しい!愉快なパーカッショングループのこと♪

パルフェの由来
材料の一つ一つを食べてもおいしい!けれど、色んなものが集まって「パクッ」と食べたその一口はもっとおいしい!それがパフェ!そんなパフェのように素敵な味のハーモニーをみなさまにお届けするユニットそれが「パルフェ」!!

パルフェの特徴
南国の音色スチールパン、あたたかな木の音色マリンバ、にぎやかでリズミカルなパーカッション、そして情熱のタップダンス。楽しく愉快なステージをお届けします♪

パルフェの活動内容
児童施設、幼稚園、保育園、小学校等での訪問演奏や、デパート、カフェ、レストラン、結婚式、各種パーティー等でのイベント演奏出演、その他オープニングアクトなど様々なシーンで活動中。一度食べたら絶対に忘れられないパルフェの楽しい音楽パフォーマンス!随時演奏ご依頼、質問お待ちしています♪

過去の経歴

横浜美術館イベント出演、NHK「こんにちはいっとろっけん」テレビ出演、小学校鑑賞教室訪問演奏、幼稚園・保育園・幼児施設での訪問演奏、ワークショップ、レストラン・カフェでのライブ出演、デパート・ショッピングモールでの子どもの日イベントでの演奏などなど♪

マリンバってなんだ?

マリンバは打楽器の仲間である。

アフリカで発生したと言われているが明確な時代等はわかっていない。「リンバ」は木の棒を意味し、「マ」が多くの数を表す接頭語であるから、「マリンバ」は、多数の木の棒から成る楽器をあらわす。

アフリカ圏の民族楽器であったマリンバ。古くはバラフォンという、現在のパイプの部分はひょうたんで出来ており音も民族の歌の音階で構成させた楽器であった。やがてグアテマラやメキシコで楽器としてのマリンバが確立していったが、シカゴのディーガン(Deagan) がコンサートマリンバの作成を始めたのが1910年ころ。当時は音域もまだ狭く4オクターブ程度であった。(そのため、世界で始めてマリンバ協奏曲として成功したポール・クレストンのマリンバコンチェルトは3.5オクターブで書かれている)

日本においては大先生 安部圭子の手によってヤマハが共同開発を進め楽器の質、音域を拡大。同時に積極的にソロ作品を委嘱初演、自作なさった事により作曲家が芸術表現の可能性をマリンバに見出し様々な楽曲が生まれていった。もちろん諸外国メーカー、打楽器奏者もこぞって新しいマリンバの可能性と音楽性に希望をもち、近年では多種多様な場面で用いられている。またソロ・マリンバ向けの楽曲も多く作曲されており、非常に高度な技術を要する曲も増えてきている。


ちなみに大きな木琴にみえるが、木琴はアジア圏が発生でありマリンバのルーツとは異なる。


阿井達也お気に入り使用楽器


ヤマハ コンサートマリンバ


YM5100AおよびYM4900A


吹奏楽を始めたころから、ずっと身近にあったのは太鼓も鍵盤も、ヤマハの製品でした。

ヤマハのマリンバは、素直な音、自分が描いた通りの音をいつも奏でてくれます。コンチェルトや打楽器伴奏つきの派手なマリンバ楽曲を好む私は、他の楽器に負けないパワー、素直で通りの良いヤマハ製品をずっと愛用しております。

ライブハウスでも違和感の無いスマートなフォルムも魅力的。